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俺が端太(はたた)←ゴマキみたいに言ってみたが誰も嬉しくならない

聖地巡礼(ガチ) in 旧金光町

※この記事は特定の団体を支持、または批判する内容ではありません。また、おそらく誤った情報が含まれています。

 

岡山県は浅口市、合併前は金光町と呼ばれていたところへやってきました。この金光町、実は日本の新興宗教「金光教」を名前の由来とし、その総本山を有するれっきとした宗教都市なのです。天理市や富田林市と同じ属性を共有します。

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遠くに金光教本部が見える

金光駅周辺はまあ何ともない普通の田舎町ですが、本部に近づくにつれて街全体が何やら世俗都市とは異なった独特の様相を帯び始めます。

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看板の指示に従って進んでいきます。

 

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レトロな風貌の街並みと、それに溶け込んだ立派なのぼりと、金光教のシンボルマーク。おそらく金光教関係者の方々が営んでいるであろう店舗の織り成すプロムナードは、古びた外観も相まって、通るだけで日本にいながらどこかエキゾチックな感覚を得ることができます。

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人のいない函館は新鮮でした

今年の冬に函館に滞在した思い出です。

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夜の函館駅

はこ館(常用漢字外)は個人的にとても好きな街です。函館山の夜景や赤レンガ倉庫などが放つオシャレイメージで、あまたの観光客を呼び込み魅了する北海道随一の観光都市であり、その印象が強い甲斐あって、実はろくな就職先がなく若者が続々と流出し、人口減少数は道内最多の過疎都市でもあるという事実が見逃されがちなこの街は、擬人化するなら病弱で余命いくばくもないのに周りを心配させまいと気丈に振る舞うヒロインであり、その健気さに心打たれるのであります。

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ホテルの部屋から撮影

例のウイルスが蔓延していたため、いつもは観光客でごった返している砂州に人がまばらでとても寂れていました。砂州ってのはもともと島だった函館山と渡島半島を結ぶように形成された陸地で、現在市街地が広がっています。北海道本土から無様にも函館山をぶら下げたような地形はどう見ても真夏の〇玉です。

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復活の「N」

前回のあらすじ

「日常」連載再開するらしいとの事で、くいつく

moroque.hatenablog.com

今日10月26日、月刊少年エース12月号が発売されました。少年エースって「少年A」と略すと凶悪少年犯罪の犯人みたいですね。どうでもいいですね。

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尾道にやってきました

有名な尾道に来ました。

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JR西日本の尾道駅

千光寺山を登る手段として徒歩とロープウェイがありますが、今回は徒歩にしました。駅から千光寺山までは少し離れているし、当の千光寺山は長い長い坂道、階段だしでなかなか両の脚に来るものがあるので徒歩の人は覚悟して臨みましょう。

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『日常』連載再開への所感

毎度のごとくツイッターをポチポチしていた夕方、こんな情報が入ってきました。

 

 

私的今年一番のニュースに度肝を抜かされました。「CITY」では真壁鶴菱が

9回裏2アウト2死0塁

の大ピンチからの市長選勝利という、奇跡の逆転劇を見せてくれましたが、事実は小説よりも何とやら、まさかゲームセットからの復活劇を見られるとは夢にも思いませんでした。というのは嘘で「日常」連載が2015年に終わって以来たまに夜な夜な「日常2(ツー)」が連載開始する夢を見ていました。まさか現実になるとは…

 

 

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月刊少年エース12月号

 

しかもこのタイトル、みたところ「日常2(ツー)」とか「日常リターンズ」ではなく、「日常」据え置きなのが気になりました。2015年のアレは連載終了ではなく休載開始に過ぎなかったということでしょうか。

 

あらゐ先生は「日常」の連載を一旦終えた2015年から大きく変わりました(それも良い方向に)。つい今年まで連載していた「CITY」は週刊連載であり、「日常」では見られなかった何話もぶっ通しの長編エピソードがみられ、一癖二癖もあるキャラクターたちのドタバタ群像劇はとても痛快でした。

 

また自身のyoutubeチャンネルでは手描きのアニメーションを不定期でアップロードし、緻密なデザインや可愛らしいキャラクター、独特の世界観で人気を博し、あらゐ先生は一躍有名なクリエイターとして名をはせました。アニメーションの投稿開始から1年でツイッターのフォロワー数が約5万人増加したことはあらゐ先生の存在感が、「日常」連載時よりもはるかに強まったことを伺わせます。

 


www.youtube.com

 

また2019年7月にアニメ「日常」の英語吹き替え版が発売され、「日常」は海外でも広く認知されるようになり、一時期はアニメの1コーナー「Helvetica Standard」のBGMを利用したインターネットミームが爆発的に流行しました。

 

 

youtube動画からあらゐ先生を認知し「日常」にハマる人や、昨今流行のサブスクリプションサービスでアニメ「日常」に初めて触れる人も多く、海外での人気も相まって、「日常」はむしろ連載が終了した今こそ一番注目されるコンテンツであり、同時にあらゐ先生も「日常」連載時には考えられないほどの知名度を誇るようになりました。これが本当に危ない。

 

実は「日常」はアニメ化を遂げた2011年、とてつもない業火に見舞われました。ざっくりいうと、「日常」のアニメ化を手掛けたのが当時「らき☆すた」や「けいおん!」などヒット作を次々と生み出して繁栄の絶頂にいた京都アニメーションであり、「日常」の古来のファン以外にも多くの人から期待のまなざしを向けられました。その結果期待に及ばなかったと感じた人が大量発生し、一部はアンチに変貌してネット上を暗躍、原作ファンとの激しい対立が繰り広げられました。旧2ちゃんねるの「日常のアンチスレ」やニコニコ大百科「日常」の掲示板には当時の傷痕が今でも残されています。

 

このトラウマがあるため一部の原作ファンは「日常」が衆目にさらされるのを嫌うようになりました。そして現在、「日常」は前述の通りかつてない注目を浴びています。そんな中での「日常」連載再開のニュース。一体どうなることやら。

 

まあ実をいうとそこまで危惧していません。なぜなら10年前の注目は、ほかにも理由はありますが概ね京都アニメーションという外的要因に引き起こされたものであり、今回の、曲がりなりにもあらゐ先生の作品に魅力を感じた人々の期待のまなざしとは全く別物であると言っていいでしょう。

 

実際不確定なのは私の心の方です。あの愛おしいキャラクターたちが新たなすったもんだを繰り広げる様子を見ることができるのはとても楽しみで、そのような機会を与えてくれたあらゐ先生には感謝しかありませんが、私にはこの新しい「日常」がどのような内容になるのか、楽しみを通り越してむしろ不安になっているのです。

 

簡単に言うと、私がこの世で一番好きなマンガだと胸を張って言える「日常」が、新たに付け足される要素によって色あせてしまうのが怖いのです。一番である以上付加で得られるものは現状維持か劣化しかないので、変化を恐れているのです。

 

個人的に「日常」はあらゐ先生の作品の中でも特に異質であると思っています。あらゐ先生の商業誌での活動以前、ヒマラヤイルカ名義での作品もいくつか国会図書館で読みましたが、「日常」のようなコテコテでベタベタなギャグマンガは後にも先にもありませんでした。

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日常 Ⓒあらゐけいいち・角川書店/東雲研究所

特に「日常」3巻から5巻あたりに顕著な、独特な語彙や言い回し、誇張を大いにはらんだ立ち振る舞いで何とかして読者を笑わせようという泥臭さがなんとも言えないおかしみを生み出していました。「日常」からあらゐ先生を知った身として、このような泥臭さを復刻版「日常」も依然として持ち合わせていることを願います。

 

しかし私はあらゐ先生ではないので「日常」がこの先どうなるのかは知る由もありません。現在ゲッサンで連載中の「雨宮さん」やyoutubeのアニメーションのように、謎だらけでもどこか牧歌的な世界でキャラクターがサイレントもしくはそれに近い形式で活躍する作品になってしまうかもしれません。全くコンセプトの異なる作品が同じ作品名を冠し、しかも既刊10巻に並んで「11巻」とされた日には複雑な心境を抱かざるを得ません。

 

逆に「雨宮さん」やyoutubeから「日常」に入った人にとっては、しばしばキャラクターを襲う理不尽が目に余ると感じることがあるかもしれません*1。当の「日常」も10巻あたりでは不思議の世界に片足を突っ込んだようなエピソードもあり、「雨宮さん」の片鱗を確認できなくもないので、そのような路線に変更することも大いにあり得ます。

 

そうはいっても私は、可愛らしいキャラクターが「漫☆画太郎」にも似通った超自然を自ら切り開いていく姿勢と、その滑稽さに惹かれた身として、話の根幹を緻密な背景などの舞台装置に委ねるのではなく、至って普通の世界、つまり舞台設定でキャラクターが自身の声、立ち振る舞いでキテレツな状況を作りこんでいくストーリーをば、新生「日常」に期待しています。

 

まあ新生「日常」がどうなろうと、私が「日常」に愛想をつかすことはないと思います。ちなみに私が一番好きなエピソードは「日常の51」(キャンプ回)です。

 

 

*1:実際2011年には不条理な暴力ともとれるシーンがアンチによって声高に糾弾されました。

「冬の日」は二度おいしい

※平気でネタバレするので注意してください

冬の日

冬の日

  • provided courtesy of iTunes

作詞:hotaru(秋山澪) 作曲:Tom-H@ck(琴吹紬)

 

 

「冬の日」は放課後ティータイムの楽曲の一つです。

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